日 付 つ ぶ や き
7/27 原型師が朝7時にWAX原型を持ってきました。
(WAX原型とは、金型をそのまま製作することが出来る原型のことです、別名:ロウ原型))
原型師が一言、「次に血を吐くのはお姉ちゃんですから・・・」
つまり、原型師が血を吐きながら「チビシロン」を仕上げて来たということです。
思いっきり、わがまま言って、可愛く、凛々しく、ノコノコギミック入れまで頼みましたから!!
『次に血を吐く』とは、この後、「彩色マスク製作」「彩色」「組み立て」という工程があるのですが、
この部分は私(彼が言うところのお姉ちゃん)が担当となっているからです。
「ノコノコ チビシロン」は、私がどうしても作りたかったものです。
しかしながら、メーカーとして、一般市場で販売できる商品を作ることが出来るわけでもなく、
(資金的とか、版権的にとかいろいろありますが)
ワンダーフェスティバルの当日版権という、打ち上げ花火のような企画しか出来なかった為、
採算が合う訳も無く、「血」とはお金と労力のことでして・・・
そこで、彩色マスクを始めて作ってみようと言うことになりました。
金型工場の皆さんに、いろいろ教えていただいて、考えるだけでクラクラしてきていますが、
やってみることになりました。
「マスク屋さんになったら?」などと、やってもいないうちに言われながら、すでにプレッシャーで
潰れそうです。
『お盆』という、普通の人が休んでいる時に、何とか頑張ってやるしかないと思っています。
ハア〜、暑さとプレッシャーで『血』を吐く前に、倒れそうです(泣)
7/22 代表の死を引きずっていました。
人が死ぬと、その人の良い思い出だけではなく、聞きたくも無いことも聞こえてきてしまうのが
悲しいです。
いろいろあったので、どうにも気持ちが収まらなかった為、葬儀から三日後、
藤原組長の事務所に行って、いろいろなことを3時間ほど話してしまいました。
今生きている人間が、きちんとしないと、あの世に行った時に、「やるだけやって来ました」と
胸を張って会えなくなりますから、頑張らなくてはならないんです。
「まずは目の前のことをしっかり頑張らなければ」それが生きている人間の務めですよね。
そう思いながらも、自分の父親も高血圧性脳内出血で45歳で亡くしていたので、
引きずっていたのです。
生きていると、いろいろあって、正直つらいです。
泣かない日は無いくらいです。
ただの泣き虫なだけかもしれませんけど・・・・・
組長、いろいろありがとうございました。
代表と同じ(なんて言うと怒られるかもしれないけど)で、組長に話をすると安心するんです。
今回の件で、たくさんの方からお電話等いただきました。
ご心配をお掛けして、すみませんでした。
しっかり大地に足を踏ん張って、まだ倒れる訳にはいかない今、父が亡くなった45歳までは、
生きていきます(あと5年か〜)。
その後の事は、またそれから考えますよ(笑)。
とにかく、今やらなければならないことがたくさんあるので、歯を食いしばって頑張ります。
生かされている命ですから、やれること全部やり尽くします。
皆さん、楽しみにしていてください、思いっきり暴れちゃいますよ!!!
なんか踏ん切りがつきました。
きっと年末年始のネタは、結構ドキドキもんですよ(笑)。
しっかり見ててくださいね。
7/12 追悼

破壊王 橋本真也選手


本日7月15日、お通夜に行ってきました。
まだ正直信じられません。
たくさんの写真が飾られた祭壇。
元気な姿が当然写真になっている訳で、
現実を認識しきれていない状態です。
これが現実であるのだから、
受け止めなければならないのでしょう。
葬儀に参列すれば、自覚できると
どこかで思っていた自分がいたのです。
しかしながら、余計に納得いかないというか、
有り得ないとしか思えませんでした。
でも、亡くなったということは
いくら私が思っても変わらないんですよね。

さようなら、代表
さようなら、破壊王
さようなら、橋本真也
安らかに・・・・・
正直、脱力状態です。
「プロレスファン」という立ち位置だけではなく、仕事上の付き合いもあり、リング上の姿だけ
ではなく、事務所や外での顔を多少なりとも知り、直に接する機会を幸運にも得られていた
身としては、何とも言いようの無い気持ちになりました。
絶対復帰してくれると信じていたし、信じさせてくれる人だったのです。
まだ『ZERO-ONE』立ち上げ間も無い頃、フィギュアを作る打ち合わせに行った時、
私が座っている隣に立ち、ポリポリとお菓子を食べていた橋本さん。
その姿を半分唖然と見続けている私に「欲しいか?!」と言うんです。
思わず「ハイ!」と答えると、すかさず、「人が食べてるの見ると、うまそうに見えるだろう、ほら!」と御菓子をくれました。
また、別の時でしたが、事務所での打ち合わせの帰り、横断歩道で信号待ちをしていると、
すうっと白いベンツが目の前に止まり、窓が開いたのです。
「お疲れ様でした」橋本さんご自身で運転しながら、声をかけてくれたのです。
あの橋本真也が!!!と正直衝撃を覚えた出来事でした。
ウチで作った1/6スケールフィギュアをあちこちテレビ出演するときに持っていってくれたり、
大幅にディフォルメした貯金箱も、怒らないかなとかドキドキしていたのに、
OKを出してくれた上に、新聞等でご自身で宣伝してくださったりと、
やさしく、懐の深い人だったのです。
そんなこんなで、事務所に出入りするようになり、後楽園ホールや両国国技館での試合では
プレス受付や物販のお手伝いを去年の11月25日当日まで続けていたのです。
多くの方たちが、私をゼロワンのスタッフだと思っていたほどでした。
本当に、本当にいろいろなことがありました。
全ての行動、言動が橋本真也であり、プロレス界の華、本当のスターだったと思わせる
そんな人だったと思います。
ほんの少ししか知らない私がこんな風に書いて良いのかはわかりません。
でも、本当に残念でならないのです。
ご冥福をお祈りいたします。
7/7 どうにも出来ない事ってたくさんありますよね。
たとえば、病気とか、天候とか・・・
確かに気をつけていれば病気なんかしないということもわかりますが、
最近のこの天候じゃ、ただでさえ年齢を感じている今日この頃なのに・・・
という話じゃなくて、ソフビ生産工場の話です。
日本の気候の中で、一番ソフビ成型で嫌われる時期・・・梅雨です。
気温はともかく、湿気!!!!!
特にクリア成型をするときにこの湿気が大敵!
成型するその日が晴れていれば良いわけではないんですよ。
晴れた次の日でないと成型できないんです。
わざわざ一日あける理由は、湿度が問題なのです。
雨上がりの次の日はまだ湿度が高く、クリア成型がどうしても曇りがちなのです。
つまり最低でも、晴れが二日無いと成型品が上がってこない!
先月も10日間待ちました〜だって待つしかないじゃないですか、梅雨なんだもの。
天候を気にしながら、発売日の微調整をしているんです。
ああっ、彩色も・・・・・まだまだ苦悩の日々は続きます。
7/1 「メロス」予約受付開始致します。
はっきり申し上げて、受注生産に近いと思います。
本当に「ターゲットの年齢層の幅が狭い」アイテムとも言う表現があたるのでしょうか?!
国内生産ゆえに、逆に大量生産できない現実もありますが、
出来るだけ頑張って準備します。

現実逃避的な発想になっているのか、来年のラインナップを考えることが多くなり、
我ながら、「メロス」の行方が心配なのだと思います。
やれるだけ思いっきりやりますので、応援よろしくお願い致します。

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